そんな折、教師になって間もない頃に、アメリカから来ていたアレクサンダー・テクニークの教師である、ミオ・モラレス(Mio Morales)氏との出会いがありました。ミオは、ドラム奏者、作曲家として活躍してきた音楽家であり、アレクサンダー・テクニークを、アレクサンダー氏の直弟子であったフランク・ピアース・ジョーンズと、マージョーリー・バーストーに師事し、40年以上アレクサンダー・テクニークに関わってきました。
彼と最初に会ったのは、大きなワークショップにおいてでしたが、音楽家だということもあり、多くの音楽に関わる人たちが、楽器演奏や声楽などのアクティビティーレッスンを受けていました。ミオのアクティビティーワークへのアプローチは、その人がどんな楽器を持っていようが、常に一貫したものでした。
ミオは、「楽器をいかに演奏するか」というよりも、一貫して、その人がその一瞬、一瞬に、楽器や演奏するという刺激に対して「どのように反応しているか」「その瞬間に頭で何を考えているか」「その考えが動きにどのように影響しているか」というところを、徹底的に見ていきました。
音楽家にとって、「楽器そのもの」や、「演奏する」ということは、大変大きな刺激になります。ほとんどの方が、若い頃からその楽器に向かい合ってきており、ほぼ習慣的、自動的に、楽器や演奏するということに対しての反応が出てしまいます。特に緊張したり、固まったり、などのいわゆる「悪い反応」でなくとも、無自覚な準備状態に入ってしまうのも自然なことです。また、いくらいったんアレクサンダー・テクニーク的な思考をしてから演奏を始めても、「すぐに自分の使い方には無自覚になり、我を忘れ、演奏するという行為そのものに没頭しまう」ということもよく起こります。
ミオは、その「我を忘れた瞬間」を鋭く捉え、その瞬間にどうやってまた気付きを戻していくのか、ということを極めて明確に教えている人でした。私は音楽の専門家ではありませんが、いくつかのアクティビティーワークを見るうちに、彼の教え方には、アレクサンダー氏の発見した基本的な原理がとても明確に盛り込まれており、楽器演奏ではなくても、「生きること全て」に当てはめることができるのではないか、と直感しました。また、今まで自分がこのテクニークを実践することで起きてきた変化の鍵が、ミオのアプローチの中にあるのではないかと感じたのです。
話を聞くうちに、ミオは、マージョーリー・バーストーというアレクサンダー氏の直弟子だった先生から20年ほど指導を受けたようでしたが、毎年夏だけ合宿に参加するという学び方だったようでした。つまり、一年のうち夏以外の時間は、自分自身で探求したり、実践したりせざるを得なかったのです。その結果、先生のタッチに依存しすぎることなく、日常で自分にどのように意識を向けていくか、ということに自覚的になることで、アレクサンダー・テクニークの原理を実践していく方法を編み出したということが分かってきました。
それだけに、実際にレッスンでは手でタッチはしていましたが、その人が今何を考え、何をしたから、どんな変化が起きたのか、ということを、必ずレッスンの中でクリアにしていました。決して、「先生の手によって導かれたから、体の使い方が良くなったけど、何が起きたか自分では良く分からない…。」というような謎めいた終わり方には絶対にしないという姿勢を貫いていました。
このミオの教えに自分の学びの「鍵」があると直感した私は、その後正式に弟子入りし、オンラインで彼の独特の学びである Primal Alexander™️の第1期生として通訳、コーディネーター兼トレーニーとして参加しました。普段は、HSP的の特性からか、とても慎重な私ですが、この時は、それほど良く知らない外国の先生相手に、よく扉を叩いたなあと自分でも感心してしまいます。
そもそも、彼は元々はその時だけ単発で招聘された先生でしたし、住んでいるところはアメリカのオレゴン州。通常のアレクサンダー・テクニークレッスンは、対面で行われるのが常識の時代ですから、いくら望んでも、彼のレッスンをたくさん受けることは難しいことでした。
しかし、その時の私の願いは、ものすごく強く明確なものでした。
「この人からレッスンを、いやほど受けたい!いや、直接レッスンを受けられなくても、ワークショップなどを飽きるくらい見学したい!!」
と。この強い願いは、オンラインという現代の素晴らしいツールによって、叶えられることとなるのです。
ミオからの学びは、アレクサンダー・テクニークを学んだことで私にこれまで起きた変化のメカニズムを、見事に解明するものでした。アレクサンダー・テクニークは、通常は先生が生徒に手を触れて気付きを与えていくため、生徒側はいつの間にか楽になったり、なぜか習慣のない動きができたり、という結果になることがあります。しかし、オンラインで学んでいる以上、先生の手を使って行うタッチが生徒の使い方を変える、ということはありえません。
ミオ自身は、そもそもF.M.アレクサンダー氏は、自分でこのワークの原理を発見した時、誰に触ってもらったりしたわけでもなく、自分の頭の中のThinkingを使い、自分の意識の向け方を変えた訳なので、これは「意識のワークである」と長年思ってきたそうです。そして、オンラインで教えることも可能ではないかとちょうど考えていた頃だったようです。そんな時に、突然日本人の駆け出しの教師が、熱烈にアプローチをかけてきた、といったところでしょうか?
ミオは、そもそもアレクサンダー氏が行っていた、「自分自身を使って実験を行う」という姿勢を大事にし、我々の「思考」や「注意の向け方」が「動き」に影響を与えるということを、徹底的に教えてくれました。その教えはミオ自身が長年のアレクサンダー・テクニークの実践から編み出したもので、タッチを通じて気付きを与えるのではなく、変化を望む生徒が、自分自身のThinkingを使って、自分が好きな時に変化を起こせるという特徴を持っています。
このメソッドに出会ったことにより、どのようにアレクサンダー氏の発見が人の根本的な変容を促すのか、その変容のメカニズムがはっきりと分かってきたのです。
私自身がこのメソッドを実践したことにより、心身の緊張が少しずつですが、確実に日々少なくなっていきました。心身のノイズがどんどんと少なくなっていくような印象でした。そうすると、
というようなことが、自分の中で驚くほど明確になってきました。日常生活の一瞬一瞬は実験の場となり、普段なら緊張して避けたいと思うようなチャレンジングな瞬間こそが、絶好の実験の機会となっていきました。
そして、これまでの私にATを学ぶことで「なんとなく」起こってきた変化のメカニズムが、徐々に明確になり、それをどのように他の人にもステップバイステップで教えていけばよいのか、ということも分かるようになってきたのです。
現在では、このメソッドを、遠方の方ともコンピュータースクリーン越しのオンラインレッスンを行うことも可能となりました。このメソッドを知り、実践を続けている生徒さんたちには、次々と私に起こったのと同じような変化が起きてきています。
HSPやHSCの概念は、日本でもここ数年急速に認知が広まってきています。それによって、ネガティブな扱いを受けることが少なくなったり、より理解を示してもらえるようになったのは、本当に画期的なことです。でも、もし、私たちHSPそれぞれが、自分で自分の反応を良い意味でコントロールし、より疲れにくく、自分軸を保てる状態で生きることができたら、こんなに良いことはありません。
HSPであること自体は、生きづらさで表されることも多いですが、裏を返せば、入ってくる情報量も多く、処理も深くできるという意味で、非常に優れた質でもあります。それは、まさに強みとなり、適切な環境に置かれると、他の人の何倍も優れた業績に結びつくと言われています。
しかし、自分のHSPとしての人生経験や、子育て、ティーチングを通して、どうしてもHSP/HSCの人たちは、その特質のせいで、いわゆる「いじめ」や「ハラスメント」に遭いやすいという傾向があるのではないかとも感じています。そして、二次的な問題として、どうしても「鬱」や「不安障害」などに悩まされるケースも多くみられます。
今の私は、自分の体験を通じて実感したこのテクニークの素晴らしさを多くの人に伝え、このような問題に対しても、その人たちが少しでも楽な生き方を見つけていくために必要なプロセスの案内役として、お役に立てたら、と心から望んでいます。